Somewhere Over the Rainbow 虹のかなた

生き辛さを返上して、楽に生きることを模索するブログです。

親不孝ものであるという罪悪感

自分が親不孝をしているという罪悪感に苦しんでいる人は、たくさんいると思います。

 

私もその一人でした。

 

自分で言うのもなんですが、私はかなり生真面目です。

言われたことをそのまま受け取ってしまう。

 

そして、とても五感が鋭いです。いわゆる、HSPというカテゴリーに属していると思います。

HSPについては、生きづらさの遠因になっていると考えていますが、後日別に書きたいと思います。

 

HSP気質の人は、空気を読むことにとても長けています。相手の考えている(であろう)ことが、ちょっとした目の動きや、ボディーランゲージで、ほとんど読めてしまいます。

そして、相手が喜ぶ方向へなんとか、動こうとしてしまいます。

 

「あの子はよくできた子だ」。「いとこは親孝行な子だ」。「私がいるから離婚できない」。「私は特技もなく普通の子だ」。と言った数々の言葉を、生真面目に受け取ってしまっていました。

 

これらは、単に客観的事実を述べているだけとも取れるんですが、HSP気質をいかんなく発揮して、これらは私に対するネガティブワードだと感じ、なんとか良い子と思われたい、と努力をしてしまうんですね。

 

例えば、肩を揉んであげるとか。ピエロになって笑わせるとか。

 

しかしあまり効果はなく、これらの言葉が終わることはありませんでした。

自分は悪い子だと言う強烈な印象を持ってしまったと思います。

 

自分が大人になって思うのですが、人ってこういうことを、かなり適当に口にしている気がします。

本心で思っているというより、その時の自分のイライラを転嫁してしまったり、ふっと思ったことを垂れ流してしまう。

 

なので、こう言った言葉を真面目に受け取る必要は、全くなかったのです。

 

加えて、人の頭の中は、HSPといえども、絶対にわからない。

本当にどういう気持ちで発言しているかなんて、わかりようもないのです。

わからないので、考えなくていい。または、自分によいように受け取っておけばいい

むしろそうする方が、多数派な世の中なのでは?と大人になった今は思います。

 

時々、罪悪感が持ち上がってくると、

「あーまた言ってる。」

「私はちゃんとやってるから人の評価はどうでもいいや」

などと、心の中で記憶に語りかけています。記憶が上塗りされて行くように。

 

子供の頃は、こんなこと思えなかったです。

かなり損してました(笑)。